今年の日伊国交樹立150周年記念に、私が最も見たいと思っていたのは、カラヴァッジョの展覧会だった。その『カラヴァッジョ展』が、上野の西洋美術館で開かれることになったのだから、これを企図したNHKと読売新聞に対しては、私は大きく謝意を抱く。
そもそも、カラヴァッジョの展覧会が、日本で初めて催されたのは、もう十五年も前になる二〇〇一年のことで、「バロック絵画の先駆者たち」の副題を伴い、『カラヴァッジョーー光と影の巨匠』と名乗って、東京都庭園美術館で開かれた。カラヴァッジョの名の魔力に魅了されていた私は、飛んで上京したものだが、その時、出展されていたカラヴァッジョ作品は、確か七、八点で、後は、カラヴァッジョの作風を継承し広げた、カラヴァッジェスキと呼ばれるバロックの画家たちの作品三十数点によって、展覧会は構成されていた。
私が画集などで知る、彼の「光と影」が織り成す作品の奥行き豊かな大作は、殆ど宗教施設の壁面に、祈りの一端を支え担うものとして治まっており、そうでなければ、彼の作品は、それを所有する美術館の名を立てる貴重な収蔵品であり、そうである以上、たとえ一時とは言え、所蔵美術館からその身を脱することは至難なことで、彼の作品だけで『カラヴァッジョ展』を催すことは、まず無理なことだったのだ。
それが、再び『カラヴァッジョ展』と銘打って展覧会が催されるというのだ。私には、それが、前回同様、カラヴアッジョの作品何点かとの出会いにしかならないことは、想像がいく。それでも、その何点かのカラヴァッジョに会うために、三月二三日、私は、西洋美術館の企画展の入口がある地下一階への階段を、胸の震えを高めながら下りていった。何しろ、十五年前、来日したカラヴァッジョは、庭園美術館のあと、岡崎市美術博物館にも巡回したのだが、その岡崎へも、重ねて会いに出掛けたほど、私はカラヴァッジョ逆上(のぼ)せ症だった。その期待に、今度も胸の震えが高くなったとしても不思議はない。
入室すると、まず「I 風俗画...占い、酒場、音楽」の文字が、見やすく掲示されていた。
そして、私にもそれと分かるカラヴァッジョの「女占い師」が早速登場した。ローマのカピトリーニ美術館で観た記憶のあるそれは、庇の広い帽子を着した若い剣士と、彼の右手を左手で受け、その筆を指で辿りながら剣士の面に眼を注いでいる若いジプシー女とを描いた作品だが、意外なことに、このジプシー女に、男に対する下卑た欺瞞の眼差しが描かれておらず、カラヴァッジョの、女性に対する清潔感が、私としては意外にも感じられ、気持ちのよい作品になっていた。
この作品に続いて、シモン・ヴーエの「女占い師」という、前回も見たように思う作品が掛けられていたが、こちらの女には、カラヴァッジョの女のような清潔感はなく、女に手を預けている職人風の中年男の、占い師に注ぐ目付きには、助平な卑しさがよく描けていて、どうやら、ヴーエのこの絵は、カラヴァッジョの「女占い師」の引き立て役を勤めることになったようだ。
ここには他に、作者の定かではない「酒場の情景」、クロード・ヴィニヨンの「リュート弾き」等四点の作品があったが、リュート弾きの弾き手の若者の特異な表情とダイナミックな手つきなどは、殆どカラヴァッジョの作と言ってもいい出来振りで、その光と影のユニークな構えの表現と併せて、気に入る作品となった。
そして、次の部屋へ入ると、「Ⅱ 風俗画...五感」の表示の後、今度もまずカラヴァッジョの六〇×五〇センチ大の「トカゲに噛まれる少年」から始まっていた。作品の中心は、黒い巻き毛の頭髪の耳元に、白い薔薇を飾った少年の、痛みと驚きに仰天した顔である。してみると、この少年の表情に描かれた「五感」は、「触覚」ということになろうか。。しかし、この少年の驚きの赤い唇が、その素肌の白い肩と併せて表現されているのは、少年のエロチシズムだ。
そして、今度は、この作品に続けて、作者が「ピエトロ・パオリーニに帰属」と記された「カニに指を挟まれる少年」という小さな作品があり、右手に持ったカニに左手の薬指を挟まれ、眉を顰めて痛みの声を発している少年の表情が描かれていたが、その顔は少年とは言えない青年のもので、カラヴァッジョとの力の差を示していた。
ここにはもう一点のカラヴァッジョ、一一〇×九〇センチ大の「ナルキッソス」があって、これに会うのは二度目の十五年振りになるが、上半身を伏せて水面に映る己の姿に恍惚となっているナルキッソスの横向きの姿も、「視覚」の魔力の、エロチックな優美な表現だったことがよく分かる。
しかしここでは、暗がりの中に、ブドウの葉の冠を付け、腰から下が獣毛の裸の男が、右手で顔上に掲げたブドウの房を仰ぎ食そうとしている姿を描いた、作者不定の「ブドウを食べるファウヌス」(注1)という一メートル程の作品ーーこれも前回出展されていたものの再見となるように思うーーが、目を引いた。無論これは五感の「味覚」を描いた作品ということになろうが、その素材と構図とのミステリアスな写実振りが、カラヴァッジョ的に作品の魅力を高めていた。
そして、このコーナーの最後は「バラの花を持つ少女」という小品で、見智らしい少女が、鼻先に小さなバラの一花を提げて、「嗅覚」を伝えたいじらしい括りになっていた。
Ⅲの部屋は、「静物」となり、ここでのカラヴァッジョ作品は、ボルゲーゼ美術館の 「果物籠を持つ少年」と、ウフィツィ美術館の「バッカス」の二点だったので、私には、それぞれの美術館で見た折の懐かしさが蘇り、特にボルゲーゼの方は、前回来日もしていた筈で、緊張のない近しさで接することが出来た。その作品は、青年に成りかかった少年の色気が出ており、右肩を露に、林檎、桃、葡萄、桜んぼの果物をぎっしり詰めた籠を右手に抱え持って、ぼっと赤い口を開き、首を傾げてこちらを見ているその表情に、観客を誘い込む優しさが溢れていて、これに比べると、バッカスの方は、当然酒杯を手にしており、静物はその手元のテーブルの上の皿籠に盛られたいっぱいの果物と、肩肌を露にしたバッカスの頭部を飾る葡萄の冠とによって示されていたが、このバッカスも少年っぽく、というより、まるで少女のような膨よかさに酔いが描かれていて、その分、眼の力の弱い表情が、バッカスらしいユーモアを醸して、絵の魅力を造っていた。
ここでは、この二点以外は、静物画らしい、パンフィロ・ヌヴォローネの「果物籠」の一点が見るに足りただけだった。
そしてⅣは「肖像」となり、カラヴァッジョの作品は、一、二×一、〇メートル大の「マンフェオ・バルベリーニ(教皇庁の書記官だったらしい)の肖像」一点で、私には彼の肖像画を見るのは初めてのことだったが、さすがはカラヴァッジョだった。描いた中年男性の、紳士らしい気取りと傲慢さが、上着の首筋から膝先へ向かって直線的に開かれた衣裳の構図を通じて、見事に表現されていた。
が、ここには、これと並べて、五〇センチ大の、作者は不明だが、「カラヴァッジョの肖像」があって、カラヴァッジョのその鬱屈した腹立ちと不快感を滲ませた顔貌が、こちらを引き付けた。この後、三点の、どれも男性を描いた肖像画が続いたが、どれも色彩的に暗く重苦しいものばかりだった。そんな中で、このコーナーの最後に、「カラヴァッジョの肖像」と同大の、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「教皇ウルパヌス8世の肖像」という作品があったが、これはカラヴァッジョの肖像とは全く対照的な、赤い僧帽に赤い僧衣姿の優しい教皇の風貌が描かれていて、窺われる教皇の人柄のやかさが、この一節を括り治めていた。
次いで、部屋はVの「光」になった。ここでは、カラヴァッジョの「エマオの晩餐」という、一五〇X一八〇センチ位の大作が、冒頭を飾っていた。
「エマオの晩餐」は、復活したキリストが顕現する、新約聖書ルカ傳24以下に出てくる話で、エマオの村の宿の晩餐の席で、食卓のパンを千切っては同席の人に渡した男性に、最後の晩餐の席でパンを千切ったキリストのことを思い出し、キリストの再現をイメージした話だが、ルカ傳では、そのイメージ出現の瞬間、その男性の姿が消えて見えなくなったと書かれている。
この、復活して、千切ろうとパンに手を延ばしているキリストと、同席の二人の背後に立つ宿の人物二人が、それを見守っている所を、左側から差し込む光が、ほの暗く浮上させている。
つまり、この一点は、「光」によって見える世界こそは、闇に帰る仮初めの物でしかない、真実というものの実態を現しているのか。「光」の世界は、如何に影によってその精彩を放つものであるか、それを語ろうとしていた。
そのことをジョヴァンニ・ランフランコの「牢獄で聖アガタを癒す聖ペテロ」、ヘリット・ファン・ホントホルストの「キリストの降誕」では、それぞれ三、四名の人物の、光の当たった部分と影の暗がりの部分とが織り成す明暗の構成がよく語っていた。またこの前「ラ・トゥール展」に出ていた「煙草を吸う男」に出会えたのも縁だった。
そして、続くⅥは、何と「斬首」と題されていたのだから驚く。しかし、西欧の絵画では、これを一つの分野と見なせる程、素材豊かなのだと、私にも分かる。これは、断首という無残な想像世界を、絵画的リアルとして現前させ、高鳴る搏動に命の尊厳を痛感させる、幻想ゲームのコーナーのようなものだ。
その冒頭を飾っていたのは、カラヴァッジョの直径五〇センチ程の円内に描かれた「メドゥーサ」の斬られた首だった。
そのメドゥーサの首は、頭髪の部分が多数の毒蛇と化して蠢き騒ぎ、その下部からは、幾筋もの血流が見え、その顔は、叫声を発するかに口を開き、己が首がペルセウスに刎ねられる瞬間の、恐怖に剥かれてとび出んばかりの眼の玉となって、メドゥーサの肖像画として、ゾクッと震えの来る傑作だった。
この傑作のため、他の、著名な「ゴリアテの首を持つダビデ」や「ホロフェルネスの首を持つユデッィト」を扱った作品は、メドゥーサほどの生々しい迫力を欠き、今一つ退屈だった中で、マッシモ・スタンツィオーネの「アレクサンドリアの聖カタリナ(注2)の頭部」の、机上に置かれた中年女性の首は、血色の失せた青い顔立ちが美しく、カラヴァッジョのメドゥーサとは対照的な魅力を発して、この項を締め括っていた。
こうして、Vの「光」以後、その扱う世界が、俗の世界から聖の世界へと脱け出てきたことに気付くのだが、愈々最後の部屋に至ると、その展示コーナーが、「Ⅶ 人の新たな図像」と名乗ってあって、まさしく、聖の世界の作品で本展を締め括ることにした企図が分かる。
その聖の世界の最後は、十二点の作品で括られていたが、中で、カラヴァッジョの作品は四点を数え、本展における彼の出展作品の三分の一を、ここに集中したのだから、憎い。
その四点は、「洗礼者聖ヨハネ」、「仔羊の世話をする洗礼者ヨハネ」、「法悦のマグダラのマリア」、「エッケ・ホモ」だったが、中で、キリストに洗礼を授けた、まさにキリスト教の先駆者だったヨハネは、二点のどちらも、赤いマントを膝に掛け、上半身裸の、腰掛け姿の青年で描かれていたが、私はそこにカラヴァッジョらしい面白さを感じることはできなかった。
それに対して、「法悦のマグダラのマリア」は、十五年前にも出展されていて、その時も痛く感動したが、再見出来た嬉しさに、本当に涙が出て、私はそのことに吃驚した。
一一〇×一〇〇センチ程のこのマリア像は、赤いマントで下半身を纏い、白いスーツを着し、指を組んだ手を腹上に置いて、上半身をのけぞるように倒して、放心の顔を天上に向けていた。その露に伸びた首と左肩の肌の白さ、両手に抱え込まれた腹部の膨らみが、呆然と口唇を開き、開かれた忘我の薄目から一筋の涙の流れる表情と併せて、不思議なエロスを造成しており、私には、女性の色気の最たるものに見えたのである。
そこにあるのは紛れもなく「法悦」で、決して「喜悦」でも「恍惚」でもなかった。
私を「法悦」のエクスタシーに落とした「マグダラのマリア」の他にも、二点のマグダラのマリアが続いた。フランチェスコ・グエリエーリとアルテミジア・ジェンティレスキの二人の作品で、どちらも「侮蔑のマグダラのマリア」と題されていたが、グエリエーリのマグダラのマリアは、机上に置かれた開かれたバイブルとその上に置かれた頭蓋骨に向かって、両手を胸前に組み、膝座して祈っており、ジェンティレスキのマリアは、下半身を深い緑色のマントで纏い、腹上に頭蓋骨を抱き、天を仰ぐように、赤みを帯びた長髪の生々しい全裸の上体を後ろに傾げていた。そのどちらもそれなりの見応えがあった。
この他にも五点の作品があったが、その内のダンツィオ・ダ・ヴァラッロのミラノの美術館からきた一点は、「長崎におけるフランシスコ会福者たちの殉教」と題したもので、前景の殉教者を十字架に括る作業をしている者たちが、日本人らしい顔立ちで描いてあるのが面白かった。
こうして、展示の最後は、「ミニ・セクション」と記してあって、カラヴァッジョとチゴリとが描いた「エッケ・ホモ」(カラヴァッジョの作品は一三〇×一〇〇センチ、チゴリの作品は一七〇x一三〇センチの大作だった)の二点によって、締められていた。
言うまでもなく「エッケ・ホモ(この男を見よ)」とは、「ヨハネ福音書」に出ている、ローマのユダヤ総督ピラトによって、受刑を決められたキリストが茨冠をつけられ、大勢のユダヤ人の前に出されて、「エッケ・ホモ」と晒される場面を示しているが、どちらの絵も、手首を縄で縛られ、茨の冠を付け、葦の棒を胸元に持った裸のキリストと、そのキリストの背にマントを掛けてやろうとする男と、これが受刑者だと晒し示している裁判官スタイルで立つ総督ピラトの三人が描かれていたが、キリストを真ん中に置き、小役人とピラトとを両側に置いたチゴリの作品より、キリストを左側にして小役人、ピラトの順で、右のピラトが左のキリストを、手に差し伸べて民衆に知らしめている構図の、カラヴァッジョ作品の方が、人物相互の遠近による立体性がもたらされていた。そして、動作の姿で描かれた二人に比べ、動きのないキリストの姿は、静謐で無言の力を痛感させ、含蓄の優れた作品になっていた。
こうして、私は、二つの「エッケ・ホモ」を見た後、「エッケ・ホモね」と呟きながら、この展覧会にとっての、「この男」がカラヴァッジョを指すのだと、ここで気付くように仕組んであったことに気付く。その主催者の遊び心が見え、私はくすりと笑って、会場を後にしたのである。
今度の「カラヴァッジョ展」で見たカラヴァッジョの作品は、全部で十二点、その内十五年前に到来し、見たことのある作品は四点、カラヴァッジョ以外の作品は、四十点、合計五十二点の作品を、見たことになるが、改めて画家カラヴァッジョの魅力の大きさを知る。あなかしこ、忽々である。
(二〇一六、三、三一)
注1 ローマ神話における、農耕の神であるサトゥルヌスの孫にあたり、牧人の神、予言の神と言われる。
注2 キリスト教の布教に尽くした、四世紀の聖処女痴教者。ローマ皇帝のマクセンテウスによって斬首された。