川柳 緑
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えぼけまなこびじゅつてんみてあるき

画惚美術展回遊記

開けてみたらミラノの宝石入り小箱

 前日、上野の国立博物館で『栄西と建仁寺」展を観た私は、 翌四月二六日の朝、渋谷の東急インから、また例のBunkamuraザ・ミュージアムへ出掛けた。

 もう一昔以上前のことになろうか、二月の下旬に、妻と二人でミラノとヴェネチアへ出掛けたことがあった。その折、ミラノでは、街中にあるアンブロジアーナとボルディ・ベッツォーリの二つの小さな美術館を、地図を頼りに訪ねたものだ。

 その一つ、ポルディ・ベッツォーリ美術館から、今度、その作品を初めて日本に持ってきて、Bunkamuraザ・ミュージアムで、「華麗なる貴族のコレクション」と題した展覧会が催されることを知ったのである。

 私の気持ちが、旧知の人に逢えるような懐かしさを覚え、たちまち絵惚け眼の欲望鬱勃、早速に出掛けてきてしまったという訳だ。

 かつて私たちが訪ねたポルディ・ベッツォーリ美術館は、人通りのまるでない閑静なマンゾーニ大通りから、露地を少し奥へ引っ込んだ所にあった。そこは、ジャン・ジャコモ・ポルディ・ベッツォーリという貴族の邸宅を、ベッツォーリ家所有の美術品によって、美術館として開いたもので、貴族の私邸としての雅な屋敷の造りが、階段にも居室風な部屋の内装にもそのまま残っていて、公的な美術館では味わえない絢爛さの残る部屋々々を巡って、武具・家具調度品から絵画・彫刻に至るまでの多様な作品を鑑賞するようになっていた、あの密やかな館の空気の佇まいは、今に忘れることはできない。

 そこでは、作品というものは、多くプライベートな佇まいの部屋を飾る私的な置物として、それぞれのあるべき場所に存在しており、展示室の公的な壁面に並ぶ出展作品の在りようとは全く趣を異にしていた。

 ところが今、私は、ポルディ美術館への入館の風情とはまるで異なる、美的情調を全く欠くこのミュージアムの暗い入り口を通りながら、今一度、貴族の館の、その密やかな空気に浸り直すことができるだろうかと些か心配になる。

 が、展示室に最初に現れたのは、美術館の創始者ジャン・ジャコモ・ポルディ・ベッツォーリの肖像画で、本展最初の作品としては尤もな配慮というものだった。その黒っぽい肖像画は、七〇センチ程の手頃な大きさの、こちらを引き付ける穏やかさを持っていた。白毛まじりの長い頬髯に鼻下の髭を豊かに整え、黒目の眼差しをこちらに向けた額広く頭髪の薄れた白貌には、傲岸も不遜も窺えぬ、しかし緊張の気配の漂漾する肖像だった。

 私には記憶にない肖像だったが、その緊張こそあれ、風貌の穏やかさが、以下の、大袈裟で押し付けがましさなどのない作品展示を予測させ、私を救う。

 そしてこの創始者の寝室を描いた小さな画が、肖像画に添えるように飾られている。描かれた豪華な寝台(これは改築の際に売却されたらしい)も、作品の小ささによって愛らしく見え、枕元の壁に付けられたイエスの磔刑像が小さく描かれているのも、創始者の人柄を伺わせる、展示への心配りが見える。

 この二点のあと、甲冑や盾や手甲や槍の穂先等の武具が数点並んだが、これらの武具は、美術館でのように、武器庫然とした部屋に、戦士たちの武器として、金属の輝きを湛えて多数整然と陳列されていてこそ、武具らしさが顕現するのだが、この武具の展示では、その美的威力をこちらに伝えることは全くなく、「よろい・かぶと」という道具を語るに過ぎなかった。

 ところで、イタリア・ルネサンスの活動の中心であるフィレンチェやヴェネツィアからすれば、ミラノを中心にしたロンバルディア地方は一地方でしかなかったわけだが、次ぎは、そのルネサンス時代のロンバルディア地方の作品が並べられていた。

 数点のテンペラ画とプロンズ像一点があったが、どれも小さく、ために可愛く見える。七〇×三〇センチ位の、アンドレア・ソラーリオという画家の、聖ヨハネ、聖カタリナのそれぞれ立ち姿を描いたもの、五〇×四〇センチ位の、ベルナルディーノ・ルイーニ作の十字架を肩にして磔刑場へ向かうキリストの半身像と、胸に手を当て涙してそのキリストを見送るマリアの半身像の連作二点などがあったが、私には、ヴィンチェンツォ・フォッパという画家が描いたテンペラ画のジョヴァンニ・フランチェスコプリヴィオの肖像」という初老の男性の横顔像が、魅力的だった。首の皮膚の弛み、頬の皺、痩せた鼻梁の先に注がれた放心の眼差しの醸し出す哀愁が、何ともよかった。

 それに続いて、金地への筆遣いが細かに残るテンペラで描いた、手元に置いて拝む私的な小さな祭壇画三点と、これも板に描いたテンペラ画の、大きさからして、祭壇画としての造りはないが、私的に部屋に祀られていたと思われるような作品三点があったが、いずれも心引かれるものだった。

 中でも一番大きな七〇×五〇センチ程の、ラッザロ・パスティアーニ作とある「聖母子、奏楽の天使、聖三位一体」は、描かれた図像の宗教的雰囲気を超えた可憐さが、何とも喜ばしい出来だった。

 図は、中央に、腰掛けている聖母子ーーマリアは黒い衣に赤いコートを付け、織り柄の美しい産着を纏ったイエスを膝の上に抱いているーーが描かれ、その左右には、天使が三人ずつ管・弦の楽器を奏して立っている。聖母子のバックには、雲の湧く青空を背に、金の縁取り宜しく薄紫の幕が、画面両端上隅から赤い綱で下げられ、幕の前、上部両サイドからは、着飾った天使が浮かび上がって、聖母の頭上に、両側から、手にした黄金の冠を乗せようとしている。そしてさらに、その幕の上の真ん中には、正面を向いて羽を広げた鳩が描かれ、その上に、下の聖母への戴冠の様子を見下ろすかのように俯いて座す白髪白鬚の、赤い衣を纏った老翁ーーこれぞ父なる神かーーが描かれ、この翁の両側には、やはり赤い綱で下げられた果実の枝が青空を埋めるかのごとく描かれ、そこにはレモン、キウイ、サクランボが大きく実っているのだ。その線描確かに色彩鮮やかな図柄を、部分毎に一々見て行くと、透明な楽曲を耳にするような、そんな快さを与えてくれる作品だった。

 それに、丈が一メートル程のアーチ型画面に描かれた聖女像の二点、「グリゼルダの物語りの画家」と呼ばれる逸名の作者の「アルテミジア」と、ベルゴニーネの「アルコサンドリアの聖カタリナ」が持つ情調とも相俟って、こうした宗教的作品群の、祈りを超えた、癒しの身近な優しさに触れると、このポルディー・ベッツォーリ美術館へ親近感は一入深くなるというものだ。

そして、いよいよこの展覧会の目玉、ということは本美術 館の目玉作品、つまり、貴族の館の美を誇る展示室「黄金の間」に置かれている作品群の展示に移る。

 まず「黄金の間」の壁面を飾っている二点のタピスリーが、その豪華な佇まいを伺わせる。

 タピスリーは、どちらも縦が四メートルを越し、横幅は一点が二メートル半、今一点が二メートル位の大きさで、展示壁面の天井から床まで一杯に下げられていた。その織りの絵の金糸銀糸が織り込まれている絢爛振りに、息を飲むことが十分できる作品だった。

 どちらも、美しく幅広に設けられた額縁風図案の織りの中に、本画が織り込まれており、前者は「オリアーナを救うアマディージ」、後者は「オリアーナに別れを告げるアマディージ」と題されている。 二枚は、どうやら、騎士道物語に登場する若き騎士アマディージを扱っているようで、前者では、画面後景に、攫われようとする王女オリアーナを騎士が救おうと奮闘している場面が織られ、その前景には、救った王女の前に跪いた騎士が、王女の手を取ってその甲に口づけをしている場面が織られており、後者では、画面後景に、森の中で恋心を抱き向き合って立つ二人が織られ、中景には、馬上から王女の方を振り向いて立ち去ろうとする騎士が、さらに前景には、庭の花を落とし乍ら一人佇む王女が、足元に戯れる一匹の犬と共に織られ、別れの悲劇的場面が織り上げられていると分かる。しかも、前者は織りが赤みを帯び、後者は青みを帯びて、二つの表現世界の趣を分かりやすく変えている所など、心憎い造りだ。

 どうやらオランダのフランソワ・シュピーリングという画家が描いた図案を一六〇〇年頃織ったものらしいが、織り糸の色が褪せることなく鮮明な色艶を残して、タピスリーとしての、絵画にはない厚みのある貫禄を見事見せつけていた。

 そして、その後七点ほどの絵が並ぶが、展示は、マンテーニャの作になる三〇センチ程の、赤茶色の被り物を被り、赤い衣を纏った、「男性の肖像」という目鼻立ちに険のある老人のプロフィールから始まった。それは、先程見たフォッパの肖像画の横顔の人間的な優しさとコントラストをなしていて、負のイメージを持つ肖像画の意味とは何かを考えてしまう。

 そして、この負のイメージに続けて、本展最大の目玉、展覧会の宣伝用チラシで馴染んでしまっている肖像画、ピエロデル・ポッライウォーロの、「貴婦人の肖像」と題された、若い婦人の横顔像が登場するのである。その肖像画は、「貴婦人」とあるが、輝くような美人の絢爛ぶりはさらになく、幼ささえ感じさせる優しく可憐で、どこにでも居そうな地味な娘らしさを描き出しているところに特徴を持つ。美がモデルの高貴な美人性にあるのではなく、その平民的可愛さにある、そういう傑作なのだ。

 横顔の娘は、目こそ大人の眼差しだが、鼻下の唇から顎へのラインは幼く、子供っぽい唇に紅の色はない。太めの首に厚い胸と、襟もない簡素な衣服に、田舎娘がイメージされたとしても不思議はない。唯一の首飾りの宝石さえ、地味な真珠を繋いだものに描かれている、この作画の徹底振りが、この「貴婦人」に対する素朴な純愛的共鳴を生み出している。

 しかも、この肖像の背景が、無地の黒や藍で塗られているのではなく、靡く雲の幾ひらかの浮かぶ青空になっているのも、この作品の魅力の素朴さを決定的にしている。この感想は、現場で初めて見た時の思いと少しも変わらない。

 そして、この肖像画の後に、今度は、同じような大きさの、フランチェスコ・ボンシニョーリという画家の描いた「聖女の胸像」が来ている。頭に真珠で編んだヘアベルトを巻き、毛髪を肩まで延ばした、簡素ないで立ちの聖女が、円い金線 の光背を負い、眼差しをこちらに向けて、やや左手を向き描かれている、その清楚さが、前の可愛い貴婦人像と重なって、絵は、キリストの亡骸を膝の上に横たえた聖母マリアが、その痛ましさに気を失って後に倒れかかるところを、聖ョハネが背後から支え、その真後ろには、右手に茨の冠を捧げ、左手に十字架の釘を持った聖ョセフが、天を仰いで嘆き、聖母の膝から画面左下へ垂れたキリストの足先には、それを両手に包むように抱いて嘆く、跪いたマグダラのマリアが描かれている。それに、聖母マリアの画面左横に、面を伏せてキリストの頭を抱く女性とヨハネの右横でキリストの方を向き、衣で顔を覆って泣いている女性が描き添えられている。全体は、ヨセフの頭部から、ヨハネ、聖母、キリスト、マグダラのマリアへと、人の嘆きの動作が、S字状に絡み合って 流れるような構図を造り出しているのだ。しかもそれを、赤い衣装と青い衣装、それに白い頭巾の三つの色に絞り、その濃淡と陰影の表現によって、暈しの曖昧さを全く持たぬ聖なる世界の清澄さを現出して見せているところに、この絵の魅力があることに気付く。間違いなく、ボッティチェルリの、ルネッサンスらしい動的ロマンチックの美しさが、そこに表出されていて、それは、去年のラファエロ作品には見ることのできぬ面白さだった。

 その後も、十六世紀以後の、ティツィアーノ、ティントレット、ジョルダーノ、カナレット、ティエポロといった錚々たる画家たちの作品がそれぞれ一点ずつ展示されたが、特筆すべきものは、もう私にはなかった。ただ、鍍金された真製だが、祈祷書や鐘楼や地球儀の形をした、細かな図柄を刻み込んだ卓上時計や、ヴェネチアングラスの、金・赤・青・緑の色彩を巧妙に用いて繊細に焼き上げた聖遺物の容器や、灌水器、十字架、酒杯等の道具が、どれも手に納まるような大きさだけに、優しく、心癒される日常的な美を提供してくれていたことは、記しておきたい。

 展覧会の最後は、十九世紀の、比較的新しい画家の作品が、四点出展されていたが、その中で、ジュゼッペ・モルテーニという画家の描いた、「レベッカ」と題した女性の肖像画は見応えがあった。レベッカと言えば、スコットの『アイヴァンホー』に登場する、あの美徳と教養を供えた、悲劇の女主人公であろう。白く長い羽のついた黄色いターバンで頭を包み、細い髪を肩から首筋へ垂らしたその女性の顔は、向かって右に少し傾げ、知的な眼差しをその右手彼方に放ち、気高く整った面差しに描かれていた。その精緻細密な筆致が、併置された他の作品とは格別の、きりりとした古典的な美を湛えていて、それが展覧会の締めくくりをしてくれたのである。

 私は、そのレベッカの眼差しを背中に受ける、小さいながらも紛れのない至福に包まれて、そっと会場から出た。

 否応無く、私は、非日常の至福から、ゴチャゴチャの渋谷の雑踏の日常に放り出される。やれやれ。

(二〇一四、五、人)

 

 

 

 注1 ボッティチェルリには、この絵と同じ表現構造を持った、同じ題名・テーマを描いたもう一点の作品を私は見ている。それは、本展の作品の倍位の大きさの作品で、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークにあったが、私には、このペッツォーリ美術館のものの方に、より強い作品の吸引力が感じられる。

 

 

 

 

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